母の夢

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姪に囲まれたReem Ghunaimさん(写真提供:Moataz Al Sadey)

By Reem Ghunaim

私は、パレスチナ出身のロータリー平和フェローです。母は1948年に家族とともに難民となり、父の村でも1967年に村民全員が避難を余儀なくされました。私の家族の半分近くがパレスチナ難民です。 続きを読む

ハーフとしての人生を伝える

~ドキュメンタリ―映画『HAFU』を製作

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映画撮影中の西倉さん。

By 西倉めぐみ(2006-2008年度 ロータリー平和フェロー)

rv2020_minidokaasiasociety-1私のキャリアを形成した3つの重要な瞬間があります。最初は6歳の時でした。日本人の父とアメリカ人の母がハワイのパール・ハーバー国立記念館に連れて行ってくれました。戦艦アリゾナの残骸を見た時、私が属する2つの国がかつて戦争をしていたことを知ってショックを受けました。後に、両祖父母の国が敵として戦っていたこと、終戦から25年後、両祖父母は自分の子のパートナーを憎むことなく家族に迎え入れたことを知りました。

2番目の瞬間は2011年9月11日。私は当時、ニューヨーク大学の4年生で、映画について学んでいました。 続きを読む

私が寄付する理由

~坂本精志氏(名古屋名東ロータリークラブ会員)へのインタビュー

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坂本精志さん

ウガンダにあるマケレレ大学にアフリカ初となるロータリー平和センターが設立されました。アフリカの人びとが待ち望んだ平和センターの設立。その実現の裏に、一人の日本人ロータリアンからの支援があったことをご存知でしょうか。

その方の名は、ホシザキ株式会社取締役会長の坂本精志さん。マケレレ大学ロータリー平和センター設立のために25万ドルを寄付し、第2760地区(愛知県)からの寄付25万ドルにこれをマッチングすることによって、日本からの50万ドルの支援を実現させました。 続きを読む

各地で育ちつづける被爆樹木二世たち

『原爆で黒焦げになった太い木が 翌年、白い芽を出した。 今でも元気である。広島の人は自分たちも生きていけるかと思った。我々も生きていく。
このツバキが原爆の惨状を見ていた。ツバキは亡くなった人の死を悼み、また世界に向けて平和を呼びかけた』
川妻二郎(ロータリー会員・被爆者、ツバキ植樹式[米国パサデナ]でのスピーチより)

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「イチョウがつなげる平和の願い」に参加した地元保育所の子どもたち。写真提供:甲府南ロータリークラブ

原爆投下後「75年は草木も生えない」と言われた広島には、「被爆樹木」と呼ばれる木々があります。爆心地から半径2キロメートル以内に散らばるこれらの木は、原爆を生き延びた「被爆樹木」として広島市から特別に認定されています。原爆で焼け焦げた樹木から新しく芽吹いた芽は、被災した市民に生きる勇気と希望を与えたと言われています。 続きを読む

新しい平和拠点をつくる

~広島・長崎 爆心地 中間点 上毛町-未来へつなぐ平和の架け橋事業~

寄稿者:錦織 亮雄(広島東南ロータリークラブ、創立60周年記念事業実行委員長)

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(左から)松井一實氏(広島市長)、坪根秀介氏(上毛町長)、田上富久氏(長崎市長)

広島東南ロータリークラブは、被爆都市広島の中心部をテリトリーとするクラブとして60年前に創立されて以来、多様な平和推進活動に力を入れてきました。創立5年目には、「知客寮」(チカクリョウ)という原爆孤児の帰郷のための家をつくりました。1982年にはパールハーバー・ロータリークラブ(米国ハワイ州)と姉妹縁組を結び、「ヒロシマ」と「パールハーバー」という戦争体験の恩讐を超えて交流や共同奉仕活動を続けています。最近では、広島の被爆樹木の保護や苗などを各地に配布する平和運動の支援にも力を入れています。

ロータリーでの平和推進活動は、多くの難しい側面をもっています。「平和」という誰もが望む大きく深い命題では、その到達への道筋は多様であり、到達点さえも定かではありません。それゆえに活動は、 続きを読む

2019年の活動を振り返り 2020年の奉仕を発展させる

昨年、数多くのプロジェクトが日本のクラブ・地区によって実施され、その一部が本ブログで紹介されました。いずれも素晴らしい活動ですので、以下にご紹介します(青字のリンクをクリックすると記事に移動します)。2020年も大きな変化を生み出すたくさんのプロジェクトが実施されますように!Untitled design (2)

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第15回日韓親善会議を終えて

提供:日韓親善委員会

第15回日韓親善会議 委員長
市川伊三夫(東京銀座ロータリークラブ)

第15回ロータリー日韓親善会議は、先日9月28日東北仙台地区で盛大に行われ、無事すべての日程を終了しました。

開催に先立つ数カ月、私たちはその準備にいつもの数倍の会議をもち、あらゆる可能性について討議を重ねました。日韓両国の関係は、この数十年でも最も良くない状況にあり、私の関与するいくつかの両国の慣例の会議は中止になりました。3002

嬉しいことに、本会議について、日本の中からも、韓国からも、中止を期待する声は全くありませんでした。私たちは客観情勢の如何に関わらず、 続きを読む

元RI会長が語る日韓ロータリーの強いきずな

提供:日韓親善委員会

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李 東建2008-09年度RI会長

【注記:以下は、2019年9月28日に仙台で開催された第15回ロータリー日韓親善会議での、李東建(D.K. Lee)元RI会長による挨拶です】

皆さん、こんにちは!

ここ、うつくしき杜の都で、ロータリアンの皆様にお会いできましたことを心から嬉しく思います。そして、感無量です。

韓国と日本は、一衣帯水ということばでよく言い表されます。一端の水路に向かい合い、隣りあう両国の関係を意味する言葉です。宿世の縁とも言うべき韓国と日本の関係をよく表してくれる言葉であると思います。つまり、ここの土地に人が暮らしはじめた大昔の時から、私達は隣同士だったのです。長い歳月、隣同士として生を営んでまいりました。当然いいこともあれば、困ったことも多くあるのは当たり前の事です。

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ハリスの肉声:1933年のラジオ放送

~1933年ボストン国際大会で行われたポール・ハリスのラジオ演説から~

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ボストン国際大会でのポール・ハリス(一番右)。コロンビア、キューバ、英国、ドイツ、スペインからの大会出席者たちと。

1933年6月27日、ボストン(米国)で開かれたロータリー国際大会でポール・ハリスが演説し、国際理解と寛容の精神が世界各国のロータリー会員を結びつけていると語りました。

この演説は、ロータリー国際大会の演説としては初めてラジオ放送されました。ハリスは、自宅でラジオを聴くリスナーに向け、ロータリーを通じて文化の壁を超えた友愛を実現できると呼びかけました。「同胞である人間への愛を心に抱いているなら、あなたは潜在的なロータリアンです」

86年前のこの演説には、今も通じるメッセージが含まれています。この演説の録音でハリスの肉声をお聴きください続きを読む

私がICU(東京)の平和センターを選んだ理由

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2019年8月にICUで研究開始

2019年の夏、私は国際基督教大学(ICU)にあるロータリー平和センターに18期生として入学します。

私がICUを選んだ10の理由をご紹介します。

1. 異文化への浸透

ICUは東アジアで唯一、ロータリー平和センターがある教育機関です。 続きを読む

自分より大きな何かの一部になること

エドゥアルド・ロドリゲス・ダ・コスタ
2010-12年度ロータリー平和フェロー、グローバル補助金奨学生(カナダ、マニトバ大学に留学)

私はブラジルのアマゾン出身として初のロータリー平和フェローとなりました。アマゾンの熱帯雨林では、開発、森林破壊、先住民と関連する争いが今も絶えません。このため、持続可能な開発を通じて平和をどう促進できるかに関心がありました。 続きを読む

脱北者のロータリークラブ

【クラブ会長とのインタビュー】1042

大半の会員が脱北者であるロータリークラブが韓国にあります。蔚山自由(Ulsan Jayu)ロータリークラブです。韓国には、命を落とすリスクを冒して北から逃れてきても、その後の生活で困難を経験する人びとが大勢います。そのような中、脱北者が安らぎを得て、誇りをもって新天地で活躍できるよう、韓国のロータリークラブが人道的奉仕プロジェクトを実施しています。

この度、同クラブの会長であるソギ・ジュユンさん(Ju-Eun Seok)に、自らの脱北経験と彼女の人生におけるロータリーの意味についてお話しいただきました。

—— 韓国に逃れてくる前に、どのような困難を経験されましたか?

1997年に、高校の友人と一緒に国境の川を渡って北朝鮮から抜け出しました。 続きを読む

倫理的ジレンマ:あなたならどうする?(資金の使い道)

回答者:日本のロータリー財団地域コーディネーター(RRFC)file000959098415

日本では現在、海外労働者の受入拡大を2019年4月に控え、自治体がさまざまな状況を想定した準備を進めています。また、世界で深刻化している難民問題を受け、日本での受入れに関する議論も盛んになっています。どのような状況になったとしても、地域社会で大きな動きがあった場合は、地元ロータリークラブの出番となることが考えられます。

今回の「倫理的ジレンマ」では、このような世界の情勢変化の余波を受けたクラブでのジレンマを取り上げました。

「Aさんのクラブでは、海外文化交流を通じた平和推進のための奨学金を地元高校生に提供するため、募金活動を行いました。Aさんが担当者となり、会員みんなで募金しました。 続きを読む

平和と紛争予防/紛争解決

Peace国連難民高等弁務官事務所によると、紛争や迫害により家を捨てて逃げなければならない人は、毎日44,400人に上るそうです。

ロータリーでは、平和フェローシップ、奨学金、奉仕プロジェクトを通じて、紛争や対立の原因となる課題(貧困、不平等、民族対立、教育の欠如、リソースの不平等分配など)に取り組んでいます。

以下に、日本と海外のクラブによって実践された関連プロジェクトをご紹介します。 続きを読む

「四つのテスト」を照らして争いに対処する

寄稿者:デニス・ワン(平和のためのロータリアン行動グループ創設者/ウェストポート・サンライズ・ロータリークラブ[米国コネチカット州]会員)

「四つのテスト」は、ロータリー会員が私生活や職業上の関係の中で生かしている倫理的な指針です。しかし、「四つのテスト」は、争いに対処し、期待する成果を出すために問題を解決し、決定を下すためにも生かすことができます。互いにとって利益があり、持続可能で、測定可能な解決策にたどり着く手助けとなるのです。平和とは、人びとが暴力なしに紛争を解決できたときに実現できるものであり、より良く、公平な人生のためにお互いに協力しようという意思がなければなりません。Rotary Peacebuilding Summit. Toronto, Ontario, Canada. 22 June 2018. 続きを読む

国連誕生にかかわったロータリアンたち

~サンフランシスコでの熱き議論から見える平和への切望

peace blog NY photo世界平和を推進する国際機関の代表ともいえる国連ですが、その創設にロータリーがかかわっていることをご存知でしょうか?その経緯はこちらの記事から詳しくお読みいただけますが、今回は『The Rotarian』誌(1945年7月号)に掲載された「Report from San Francisco」(サンフランシスコからの報告)という記事をご紹介します。この記事は、同誌編集者リーランド・ケースが書いたサンフランシスコ会議(*下記注)の報告記事に対し、ロータリー代表として同会議に出席した数人のロータリアンがコメントを寄せるという興味深い形式をとっています。 続きを読む

自然から学ぶ人間のあり方

寄稿者:ロレーナ・ロドリゲス(ロータリー平和フェロー、国際基督教大学)

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田島さん(左から2人目)とロドリゲスさん(右端)

去る11月、私は栃木県に住む田島さんの農園を訪ねました。田島さんは、日本の農業家で思想家でもある福岡正信が提唱した「自然農法」を実践しています。福岡正信は、地球の存続と食料生産を両立させる道としての自然農法の確立に人生を捧げた人物です。

近代化により私たちは、より「洗練された」農法、すなわち、より早く作物を収穫し、より少ない肉体労働でより生産性の高い農法を追い求めてきました。社会は「食料生産の産業化こそが、繁栄し効率のよい未来にいたる道」であると信じています。その結果、 続きを読む

米山奨学生の底知れぬ可能性にふれて

~ ロータリアンとなった元・米山奨学生から奨学生に潜在する力について学ぶ ~

日本のロータリーが世界に誇る米山記念奨学会にとって、2018年は躍進の年となったのではないでしょうか。昨年の財団設立50周年に続き、2月には米山梅吉氏の生誕150周年行事が盛大に開催。ロータリー会員からの支援を受け、これからも米山の歴史は語り継がれ、未来の平和を担う奨学生が育っていくことでしょう。

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ラシタ・エリヤーワさん

本稿では、ひとりの元米山奨学生をご紹介します。スリランカ出身のラシタ・エリヤーワさん(甲府南ロータリークラブ会員)です。人懐こい笑顔ではきはきと話すラシタさんは、米山支援の意義、ロータリーにとっての米山の価値、そして世界平和にとっての重要性を物語る人です。

2001年、スリランカでの内戦で学業が困難となったため来日。山梨学院大学で経営情報学を学んでいたときに米山奨学金について知り、カウンセラー制度に魅力を感じて申請しました。

しかし、あえなく落選。 続きを読む

米山奨学生の視点から【4】:剣道世界選手権に挑む

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楊 敢峰さん(中国、2004-05米山奨学生、筑波大学大学院に留学、世話クラブ:水戸南ロータリークラブ)

楊 敢峰さんとの一問一刀 !

2018年9月14~16日に世界剣道選手権が開かれます。ほとんどの過去大会で日本が優勝しているものの、最近は諸外国チームからの突き上げがすさまじく、幼いころから竹刀を握って育った日本人選手が苦戦を強いられることも珍しくはなくなりました。とくに今回は、いつも接戦となる相手、韓国の地元での開催。優勝への道のりは今までにも増して険しくなりそうです。

そんな中、「剣道は世界平和につながる」と信じて、中国から参加する元米山奨学生がいます。楊敢峰(ヨウカンホウ)さんです。筑波大学大学院で武道を学び、現在、水の都として知られ、高層ビルも立ち並ぶ蘇州で剣道を教えています。 続きを読む

第二の人生を平和活動に捧げる

~川妻二郎氏(東京米山友愛ロータリークラブ会員)とのインタビュー

Kawatsuma原爆で家族や親せきを亡くし、戦後に広島で事業人として一途に働いてきた川妻二郎さん。事業を引退し、現在は東京暮らし。バンクーバーでの平和会議から帰国した翌日のインタビューだったにもかかわらず、身を乗り出し、生き生きとお話しする姿は、とても91歳とは思えません。思わず「お元気の秘訣は?」とお聞きすると、「第二の人生で生まれ変わったから」と冗談っぽく語ります。東京に上京して以来、会員平均年齢が30代だった東京米山友愛ロータリークラブに入会し、若い会員たちと和やかに歓談する姿が印象的です。

『The Rotarian』誌の今年1月号(『ロータリーの友』誌2月号)には、川妻さんの原爆体験を記した記事が掲載されました。そんな川妻さんに、広島での事業人しての人生、そして東京での平和活動家としての第二の人生にいたった経緯についてお話を伺いました。 続きを読む

広島への旅:「記憶」について考える

寄稿者:ロレーナ・ロドリゲス(ロータリー平和フェロー、国際基督教大学) 

Lorena Hiroshima 2去る3月、国際基督教大学のロータリー平和フェローである私たちは、広島を訪れる機会に恵まれました。東京のホスト地区と広島ロータリークラブによる計らいのおかげで、1945年に投下された原爆を生き延びた方と会ったり、広島平和記念公園と資料館を訪れることができました。広島では、数多くのストーリーが、写真、絵画、慰霊碑、詩、そして被爆した人間以外の生物たち(例えば被爆樹木)など、さまざまな形で語られています。これらのストーリーは、「記憶」と「平和」という私の主なテーマについて、これまでとは違う視点で考えるきっかけを与えてくれました。

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ミャンマーの学生を支え続けて29年

~ 今泉清詞氏(今泉記念ビルマ奨学会創設者、川越ロータリークラブ会員)とのインタビュー

国際ロータリー地区ガバナー(第2570地区)を務めた1993-1994年度、今泉清詞さんは地区のスローガンを「建前より本音  形式より内容を」としました。25年経った今も、その姿勢は変わっていません。

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今泉清詞さん(川越ロータリークラブ会員)。鶴ヶ島市にあるご自宅にて。

戦時中に亡くなった戦友たちのため、そして、ミャンマー人に命を救ってもらった恩返しとして、30 年近く前に今泉記念ビルマ奨学会を設立。約180人ものミャンマー人学生に奨学金を提供してきました。今ではその卒業生たちが奨学会の運営を手伝い、地元鶴ヶ島市(埼玉県)とミャンマーとの交流が進んでいます。鶴ヶ島市で開かれた同奨学会のパーティーには、ミャンマー大使も出席するほど。この縁がきっかけで、鶴ヶ島市が2020年東京オリンピックの際にミャンマー選手団の受入都市になることが決まりました。

今回、94歳にして現役ロータリアンである今泉さんから、ミャンマーやロータリーへの思いを伺いました。 続きを読む

バンクーバーでのRI会長主催平和会議に参加して

寄稿者:中前 緑(東京米山ロータリーEクラブ2750、香港在住)

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分科会の様子

今年2月、私が参加している日米クラブ合同奉仕プロジェクト「Heiwa: Rotary Hiroshima Survivor Trees」チーム関係者が、カナダのバンクーバーで開催されたRI 会長主催平和会議に参加しました。私自身、RI会長主催平和会議には今回で2度目の参加で、バンクーバーは私が20代後半に過ごした懐かしい場所です。

この会議では、松井一實広島市長より川妻二郎パストガバナー(原爆体験者)に託されたビデオメッセージと記念品をお預かりし、広島から平和を願う心をお届けするという大切な役目がありました。会議実行委員会に挨拶に伺ったところ、一同が作業の手をとめ、日本から唯一の講演者である川妻パストガバナーを拍手で迎えていた光景は今でも忘れられません。松井市長はビデオの中で、163カ国7558都市が加盟中の平和首長会議の活動とその意義について語られ、ともに一体となって核兵器の廃絶と世界恒久平和の実現を目指していこうと呼びかけられました。
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私が平和フェローシップを志した理由

寄稿者:宇治川 貴史(第15期生ロータリー平和フェロー、ウプサラ大学)

クラスメートと

クラスメートと

私は大学卒業後の4年間は名古屋でサラリーマンをしていました。とても居心地の良い会社だったのですが、国際協力に携わるという夢を叶えるため、一念発起してNGOに転職しました。そして、2013年12月からの2年7ヶ月間、スーダン共和国でNGO駐在員として働いていました。

 平和フェローシップとの出会い

スーダンでは長年にわたり紛争が続いており、広大な土地に地雷が埋設され、不発弾が遺棄されています。そして、その地雷や不発弾による事故で、手足や命を失う人が絶えません。 続きを読む

平和の心を世界に広げる樹木

寄稿者:関 博子(東京米山友愛ロータリークラブ)

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Storrier Stearns 日本庭園に植えられた被爆樹木二世の椿

国際大会中の6月12日、アトランタにあるカーターセンターで、広島原爆を生き延びた被爆樹木二世のイチョウの正式な植樹が行われました。カーターセンターは、ノーベル平和賞受賞者カーター元米大統領により設立された施設です。

当日はあいにくの大雨で、当初予定していた屋外での植樹はなくなり、室内でのセレモニーとなりました。田中作次元会長も出席され、ジャーム会長やカーターセンターCEOが挨拶されたほか、広島出身の川妻二郎パストガバナーがスピーチされ、被爆樹木の証明書が贈呈されました。セレモニーの後には、雨の中、庭に植えられていた被爆樹木を各自見学しました。一般の方にも見ていただける緑の美しい庭園内にあります。 続きを読む